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一九八四年(ジョージ・オーウェル)を読んだ感想

本のレビューはブログの記事の中で一番書きにくいジャンルだと思っていて、一時期まったく書けなくなった時がある。というのも、その本をさらに理解するためのバックグラウンドやある程度の前提知識になっている本があったりする。2014-2018年間は読んではいたけど全然書けなかった。……いや、見返すとそもそもブログ自体もあまり書いていませんでしたね。

しかし、インプットばかりではなくアウトプットをしっかりしないといけないとなと思い、最近はまた書くように意識しています。本はレビューを書くと、さらに理解できたり、自分の感想が明確になったりします。

というわけで、本棚にある本のレビューを少しずつ書いていこうかなと。

まずは、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』を。

〈ビッグ・ブラザー〉率いる党が支配する全体主義的近未来。ウィンストン・スミスは真理省記録局に勤務する党員で、歴史の改竄が仕事だった。しかし彼は、以前より完璧な屈従を強いる体制に不満を抱いていた。ある時、奔放な美女ジュリアと出会ったことを契機に、伝説的な裏切り者が組織したと噂される反政府地下活動に惹かれるようになるが……。

時代は表題の1984年。発刊は1949年なのからわかるように、行き過ぎた全体主義・共産主義の果て。あらゆる市民生活に統制がしかれたプライバシーのない世界。そういった東側諸国、いわゆる赤い世界へのアンチテーゼとして書かれたディストピアSF小説です。

発刊当時が1949年という事からわかるように、戦後(ナチス支配期のドイツ)〜冷戦時(スターリン時のソ連)を強烈に意識して書かれています。実際、当時は反全体主義、反集産主義のバイブルとなるほど売れたそうです。

一九八四年は、プロパガンダ番組のみが放送される液晶テレビにカメラやマイクがついた『テレスクリーン』という物で常時監視される生活のディストピアが描かれています。歴史の改ざんが行われ、ニュースピークによって語彙や思考を制限し、子どもはすでにその社会に洗脳され、党の批判をしようものなら通報される。そんな世界。こういった世界の表現するオーウェリアン(オーウェル的世界)という言葉もあるそうです。

現在はソ連も崩壊し、すっかり資本主義な世界になりました。「こんな世界は馬鹿げてるなぁ」と思いそうです。実際僕も一番最初の感想はそうでした。

けど、このオーウェル的世界が、常に僕たちの世界をチラチラと覗いているんじゃないか?と最近思うようになりました。

それをもっとも表現というか実践してるのが中国ではないでしょうか?街中のカメラで顔認証をし、市民に対してスコアリングをし、インターネットは存在せず、検閲済みのコンテンツのみを表示するイントラネット。まるでオーウェルが危惧した世界のようです。

でも別に中国だけに限った話ではありません。オーウェル的世界では、思考犯罪という自由な意思を持っただけで犯罪になってしまいます。そこまではいかないにしても、僕たちは本当に自由な思考・表現ができているでしょうか?と考えると、全然そんな事はないなと思うわけです。

たとえば、僕は麻薬(といっても種類によるけど)は、人に迷惑をかけない程度だったら自己責任の範囲内なら別にいいんじゃない?と思っている派なのですが、これ普通に「麻薬は別にいいんじゃない」なんて発言しよう物なら「あいつはやっているに違いない」と思われ、今だったら動画で拡散されて私刑の的になりそうです。法律なんて相対的な物なのに、こんな状態では絶対に変えられないなと。

報道に関しても洗脳などされてないと思うかもしれませんが、日本の報道自由度は現在67位と決して高くない事をご存知でしょうか?問題レベルは【顕著な問題】レベルとされています。世界報道自由度ランキング - Wikipedia

それこそ、現代のテレスクリーンはスマホです。カメラもマイクも映像も健康も言動も、いったいどれほどの個人情報を取得しているのでしょう。

これが1949年に発売されたというのが驚きです。使われている道具こそ古いものの、プライバシーや自由など、今でも問題になっている事が70年以上前に書かれている事に驚きです。ビッグブラザーやニュースピークなどのSF用語を知るために読んだのですが、色々考えさせられました。

それでは。

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